うしろすがたのしぐれてゆくか

愛するフレンチブルドッグと昨日と今日と明日と旅と。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
IMGP2521.jpg

 私の編集者人生の幕開けというのか、最初の仕事は札幌のススキノ。
いわゆる覗き部屋とファッションへルスが合体したようなお店で風俗嬢に会い、
取材をすることだった。
 それまでもずっと、主に人を相手にする仕事ばかりしていたが、風俗嬢だけでいうと、のべ1,500~2000人くらいの女の子と会っている計算になる。

 ビルの一室は細かくパーテションで仕切られていて、薄暗く、かなり妖艶な声がこだまする中、目当ての場所にカメラマンとふたりで入室しようと扉を開けた。
中には女の子がマットレスにちょこんと座っていて、私と目が合うやいなや「えっ!?」という顔をされた。即座に雰囲気を察したカメラマンに「ちょっと外に出てて」と言われ、細い通路で撮影が終わるまで待ちながら思った。
「まあ、こういうこともあるよなあ…」
私はその頃まだ20代だったので中身も見た目ももちろん若く、相手の女の子の気持もいくらかは分かる気がしたし。
同年代の女の子、しかも全然知らない子に裸を見られるなんてやっぱり嫌だろう。
後にAV女優やストリッパーとも話をする機会があったけれど、「人に裸を見られて恥ずかしくないわけないじゃん」と言っていたことを思い出す。

 札幌に行く前に、何人かからこういうことがきっとあるから、と言われていたので、特に気にすることもなく、その場で「は~い」という感じで時間をつぶしただけだった。

IMGP2498.jpg

 当時のススキノは取材をさせてくれるお店がかなり少なく、とりあえず東京から行くだけ行って、まずは私がホテルにこもって何時間も電話をかけまくる。
一件でもアポがとれたところで、隣室で待機しているカメラマンに連絡し、急いで支度を整え走って撮影場所に向かう。ほとんどの店が「じゃ、今来てよ」というところばかりなのだ。
女の子の手が空いているタイミングを逃せば、最悪一件のアポも取れない。
札幌くんだりまで行って「ひとりも撮れませんでした」で済むはずがない。
とにかく必死で、タウン誌を片手に電話をかけまくる。
載ってる店全てに電話してもアポが取れない時は、ホテルを飛び出し、ひとりで歓楽街をぶらぶら歩きながら、知らない店を見つけては飛び込み、雑誌を見せてお店の人に一生懸命頼みこんだ。
何十件か直接交渉して、やっと一件撮れたなんていうこともある。
そんな日は、ほんとうに美味しいお酒が飲めた。

 東京と違って、地方の女の子は案外近場に住んでいる場合が多く、同級生や親バレを防ぐためにも、雑誌に顔出しすることがほとんど出来ない。
「うちは東京の販売部数がいちばん多いですし…」と言って、なんとか安心してもらう。
そして顔出しNGの場合、首から下のまったく体だけや「くちびるから下を写して」とか、掌で顔を隠すなどいろいろな方法がある。くちびるから下や、目だけ隠したりした場合、翌月ふたたび行くと「この間のでバレちゃったよ!」と怒られたりなんかして。
「自分で納得して撮ったんじゃん!」と思いながらも、じゃあ、今月は首から下で…なんてこともしょっちゅうだった。

 しょっちゅうといえば、セクハラも日常茶飯事。
「どこに住んでんの?」「これからどっか行くの?」「今日ヒマ?」とか、ナンパまがいのことはまだヨシとして、知りあいの女性ライターは、挨拶代わりに思いっきり胸に触られたりするよ、なんて言っていた。

 でも、結局そういう(私が取材に同席出来ない)ことは、実際は、その最初の1回だけだった。
その後毎月のように撮影する女の子も出てきて、何度か会っているうちに仲良くなり、取材後に待ち合わせて夜遊びするようにもなっていった。美味しいちゃんこ屋を教えてもらったり、内緒の話や裏話もたくさん教えてもらったし、のちに札幌の担当から外れて都内での仕事に変わる時。
「もう来月から来られなくなった」と言うと、その後も何度か会社に手紙をくれた子もいた。

IMGP2205.jpg

  それにしても、あの頃の地方の風俗嬢にはちょっと独特のものがあった。
ソープには若くてかわいい子がいっぱいいたし、料金も安くて女の子の回転も速く、どの子もみんなかなり忙しそうで、だけどスレているところがほとんどなかった。
一仕事終えて私たちが待機している部屋にやって来て、ぐちゃぐちゃになった髪や落ちてしまった化粧を直し、にっこり笑顔で撮影を済ませると、また仕事に戻っていった。
 東京の女の子たちはほぼみんなサバサバしたもので、みんなあっけらかんとしていて、別に誰も私のことなんて気にもしていない様子だったのは確かに楽だった。
昔と違って借金のかたに働かされているわけでもなく、自分の目的のために働いている子も多かった。会うたびに違う店で働いていたり、毎年のように子供を産んで、またすぐに復帰してきたり、昼間は普通の主婦やOLさんだったり、とにかくみんなタフだった。
 
 タフな女の子というのはとても魅力的で、話を聞いていてもいつも面白かったし、それぞれにいろいろな人生があって、いろいろな考え方があるということを再認識させてもくれた。
 そして、相手が話すことを肯定も否定もせずに聞くことが私の仕事。
中には「それって彼氏に騙されて働かされてるようなもんじゃん」と思うような子がいたとしても、それは彼女自身が選んだ人生なのだ。

 普通の人とすこしだけ違う職業に就いているひとたちというのは、やっぱりちょっと違う物の見方や考え方をする人もいて、インスパイアされることも多かった。
どの子に対しても「つまんない」と思うことは無かった。
まっとうかまっとうじゃないかなんて誰が決めることでもないんだし。

IMGP4421.jpg

 東京にて。 
仲良しのライターさんと行きつけの店に飲みに行ったその日は
ちょうど七夕が迫っていた。
顔見知りの店員さんが短冊を二枚、私たちに渡してくれて「今コンテストをやっているので、良かったら願いごとを書いて下さい。面白かったものはお店に貼ります」と言った。
自分がそのとき何と書いたのか、きれいサッパリ忘れてしまったけれど、彼女が書いた言葉は今でも覚えている。
《世界中の女の子が幸せになりますように》

この短冊は、その後お店の壁にしばらく貼り出されていた。
スポンサーサイト

《世界中の女の子が幸せになりますように》

いい言葉だねぇ。
なかなか人の幸せまで考えられない世知辛い人生送ってますんで
こういう言葉、大事にしたいですねぇ。
勉強になりやす。ウッス。

2007.05.16 15:01 URL | ika69 #- [ 編集 ]

>ika69 さま
すごい言葉を吐く人に会うと、自分の根性の悪さ(笑)がアリアリと見えて
いつも反省させてもらってます。

こないだ、NASA(違うかも?)のロケットがメッセージを宇宙に運んでくれるというキャンペーンをやってて
いちおうそれに《世界中の犬が幸せになりますように》という文言で
応募してみました。。。

2007.05.19 20:43 URL | チタリニ #- [ 編集 ]













管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://heyoka.blog68.fc2.com/tb.php/192-8914fca7

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。