うしろすがたのしぐれてゆくか

愛するフレンチブルドッグと昨日と今日と明日と旅と。

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一気読みした「大阪ハムレット」。
登場人物の顔つきがもう、最高に好みなんだよなあ。
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小学生の頃、私にとっての先生は優しい親戚のおばさんみたいな存在だった。
1~2年生の時の担任は、子供たちが何をしても「まあ、嬉しい~!」が口癖の、とてつもなく表現がオーバーな人で、私たちはいつも先生の仕草を見てはゲラゲラ笑ってばかり。
はじめての学校はとても楽しいところだった。
3~4年生の担任は優しくておっとり。私はこの頃オルガンを習っていたのだけれど、あまりにも先生に夢中だったとみえて、キーボードに油性ペンで「佐藤○○」と、先生の名前が書いてある(記憶にはまったく無いけど)。
時雨に負けず劣らず相当な甘ったれだったらしい。
5~6年生の担任は、ちょっぴり怖いけど朗らかなO先生。昼休みになると先生の白髪抜きをさせられていた。嫌なことは笑い飛ばしてしまえというような、気っぷのいい女性。

中学に入学すると、はじめて担任が男の先生になった。
今までずっと、キビシくても優しいおばさん先生ばかりだったので、最初に顔を合わせたときは「あ~嫌だな」とガッカリした。
うっすらブラウンのサングラスにジャージという田舎ヤンキーのファッション。
見た目はほとんどヤ○ザ。担当教科は保健体育。
これ以上ないってくらい女子にうっとうしがられるパターンだ。
「あちゃー、うわっ、、、」って感じ。
中学生生活の幕開けはあんまりパッとしなかった。自分では、もっとバラ色な感じを想像していたんだけれど。。。

担任といえども男子にしか教えない教科の担当なので、毎日朝礼で顔を見るくらい。あまり一対一で話す機会もなく月日は過ぎて行く。
私のことなんて、というか、いちいち生徒ひとりひとりのことなんて特に興味もないんだろうと思っていたし、私にしたって特に興味もなかった。
あるとき別の教科の先生に用があり、昼休みに職員室に行った。
用事を済ませて部屋を出るとき、何の前ぶれもなく、いきなり、担任が私の後ろ姿に向かってつぶやいた。
「お前さあ、自分が世界でいちばんかわいそうな人間だと思ってるだろ」
「え~、そんなことないですよ」
すぐさま振り向いて、満面の笑みで答えつつも内心ドキッ。
そんなふうに思っているところも実際はあったのだ。
何故そう思っていたのかは割愛させていただくことにしても、先生というのはぜんぜん普段会話もしていないのによく生徒のことを見ているもんだ、と思ってかなり焦った。だから今でもその時のことをよく覚えている。

いまだに買ってはいないんだけれど、書店に行くとついつい毎回立ち読みしてしまう写真集がある。すでに何回ページをめくったか分からないほど。
藤代冥砂さんの「もう、家にかえろう」だ。
もともと好きな写真家で、この写真集は奥さんである田辺あゆみさん(愛犬の英ブル2頭もちょこっと出てますよん)を写したものなんだけど、写真ひとつひとつについているキャプションがまた、実にいい。
彼女の「手」がぎゅっと握られている写真がある。
「あゆみはいつもこうやって手をぎゅっと握っていて、食事の時もよくこうしている」みたいなことが書いてあって、ああ、毎日ちゃんと、そんなふうに見ていてくれる人がいるというのはいいものだなあと思うのだ。

小さい頃に父親とふたりで近所の海水浴場に行った。
その頃、父親のことはそんなに好きではなかった(女の子は必ずそんな時が来るものでしょう?)けど、途中ではぐれてしまって泣きそうになっていると、向こうから必死に私の名前を呼びながら波打ち際を探して歩いている父親の姿が見えてきて、慌てて駆け寄った。
こっぴどく叱られると覚悟していたのにそうでもなかった。
その後、平泳ぎする父親の背中に乗せられて沖まで行って、すんごいビビりまくったのを覚えている。

ひとりで寝るようになって間もない頃。
夜中に目が覚めたらおねしょをしていて「絶対におかあさんに怒られるう…」と思って、恐る恐る言いにいくと、すぐに湿って気持ち悪かった洋服を新しいものに着替えさせてくれて、母親の布団で一緒に寝かせてもらった。
あの幸福感や安心感というのは今でも気持ちと身体で覚えているし、大人になってしまった今じゃもう、なかなか感じることはできないだろう。

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子供の頃の思い出だけではもちろん食べていくことは出来ないけれど、あるとないとでは随分違うんじゃないかと今になって思うことがある。
小さい頃は近所の人や親戚のおばさんたちがうるさくて、うっとうしくって、あれこれ言われるのがほんとうに嫌だった。でも、そうやって、周囲の大人たちがちゃんと見ていてくれたというのは、実はとても幸せな少女時代だったのだと思う。
それなのに自分では「世界でいちばん不幸な私…」と思っていたのだから、思春期ってやつは、とても恐ろしい怪物みたいなものだ。
そこからどうやって抜け出したんだろう。
よく「通過儀礼」なんていうけれど、その大きな化け物と戦って、いったん自分が死ぬ(リアルにじゃなくて精神的に。例えばバンジージャンプとか)しかないのかな。
じゃあ、私ってば、いつ死んだの?

大阪ハムレットを読むと、自分が子供だった頃のことを思い出せるかもよ。

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