うしろすがたのしぐれてゆくか

愛するフレンチブルドッグと昨日と今日と明日と旅と。

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今まで会ったひとの中で「これは相当手強いな」と感じた人がいる。
正確には「手強い」という言い方は的確ではないかもしれない。
手強さで言うと、例えば、中野や高円寺辺りの小さなスナックや、二丁目のおかまバーのママなんかにも結構いた。
でも、その人はなんというか、あまりに泰然自若で、会うと襟を正してしまうというか、ちゃんとした対応をしなくちゃ、と人に思わせるタイプというのだろうか。
仕事柄、初対面の人と会うことに緊張なんてしない私だけど、何度も会って、一緒に食事をしたり、ちょうど同じ駅に住んでいたので偶然ホームで会って話し込んだりもしていたんだけれど、どうしても「なあなあ」の関係にはなれないというか。
結局お互い最初から最後までずっと敬語のままだった。
だからといって威圧感があるとか、怖そうな雰囲気だとか、そういうわけではない。

彼女の職業は彫師。
入れ墨ってなんだかんだ言って、やくざ関係者がするものという世間一般の印象が拭いきれないのは仕方がないとしても。それゆえに、職人としてのこの仕事もまた、未だにまだまだ男性社会という感じだろう。
彼女が仕事をしているショップはその頃、山手線のとある駅にあった。
何度か遊びに行って、彼女の師匠にもお会いした。
師匠は見た目からしてその筋の人…という風体だったけれど、とても気さくで、私が行くと飴とかお菓子なんかを「食べるか?」と言って持ってきたり、いろんな雑談をしかけてきた。
ただ、おちゃらけているようで、周りに集まってきている男の子たちにサラッと釘を刺したり、相手の真意を確かめたりする台詞をポソッと吐くのが《ただ者ではない》雰囲気をかもし出していた。

そこに集まる人はみんな驚くほどフレンドリーで、どういうわけか、初対面でもすぐに仲良くなる。椅子に座って話していると、お客さんが次々やって来ては話しの輪に加わっていく。似たような仕事の人も多かったので、お互いに名刺交換をしたり、世間話に花を咲かせたりもした。居心地のいい場所って、こういうことを言うんだってなんとなく分かった気がした。
いったい私は今までどんなところにいたんだって話だけどさ。

その頃私が編集長をしていた雑誌で、毎号、いろんな職業ややりたいことを持って突き進んでいる女性のインタビューの連載があった。仲良くなるにつれて、ぜひとも彼女に話を聞いてみたいという思いがむくむく湧いて来た。そしてさっそく雑談ついでに切り出してみると、快くOKの返事が出た。いったいどういう経緯で彫り師になったのかなど、どうしても聞いてみたいことがたくさんあったのだ。

数時間の会話の中で、彼女のそのあまりにも落ちついた、あらゆるものに対する動じなさというのか。誰に対しても同じように、しかも礼儀を持って接する姿勢というのか。そういうことの意味や理由が少しだけ分かった気がした。

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彫り師という仕事は、気のいいバイカーの兄ちゃんや、ロック少女ばかりがお客様というわけではもちろん、ない。必ずその筋の人というのもやってくる。
そういうひとを相手にビビっていてはお話しにならない。
ビビっていれば必ず見抜かれる。そして、そのほんの少しの心の揺れは動かしている手元にも、もちろん出てしまう。
彼女はそんな彫り師の精神というものを、師匠の家に住み込んで何年も修行させてもらったという。今時、住み込み修行なんて祇園の舞子さんくらいのものだと思っていた私はかなり面食らった。少なくとも、体育会系を大の苦手とする私には到底真似出来ない。
例えば師匠は、朝起きて自分の機嫌が悪いというだけで怒鳴る。
弟子に何の落ち度がなくても、怒られるときは怒られる。怒りたい時に怒る。
世の中、そういう理不尽なことというのは案外多い。師匠は、実はそんなことを教えてくれていたのだと、あとで彼女は知ることになる。
どんな状況にあっても落ち着いて、動じることなく相手と一対一で対峙する仕事。
自分の気持ちにブレが生じれば、手が滑って失敗してしまうかもしれない。それ(間違い)は絶対に許されない世界。医療関係者と同じなんだな、と思った。

だからあんなに堂々として、でも決して人前に自分が出るというわけではなく、静かに落ち着いていられるのか。
まさに、太刀打ちできないひとでした。
ていうか、はっきり言ってカッコいい、のヒトコトに尽きる。

そういえば、ふと彼女が「タトウーを彫るときにお断りする事例」というのを話してくれた。
ひとつは、人名。
そのときの彼氏や彼女の名前を入れて欲しいという依頼がほとんどなので、基本的には引き受けないとのこと。

そしてもうひとつは、人の顔。
一時期、元XJ-APANのhideの顔を腕に入れてくれというお客さんが毎日のように訪れた。そんなときは、必ず説得をしたという。
今は大好きなひとが死んで、その姿をあなたの身体に残したいと思っているのかもしれないけれど、多分、きっと、将来後悔するときがやってくるよ、と。
ただ、今までひとりだけ例外として「人の顔」を彫ったことがあると言っていた。
依頼者は若い男性で、すこし前に自分の家族を亡くしていた。
その家族写真を持ってきて「どうしても彫ってほしい」と懇願されたのだという。
例外というのは大抵、人の気持ちを揺るがすくらいの圧倒的な現実だったりする。
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2007.12.15 23:43 | 本とか作家とか仕事とか | トラックバック(0) | コメント(-) |

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