うしろすがたのしぐれてゆくか

愛するフレンチブルドッグと昨日と今日と明日と旅と。

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 母の日になにか送ろうか。なんて、日頃まったく親孝行をしていない私だからこそそんなことを思う(が、実際は送っておらず)。
 そんなこんなでなにげなく母親の名前でネット検索していたら、驚くべきものを見つけてしまった。
 私の母は歳を重ねてなお活動的な人で、年々新しいことにチャレンジし、勉強に励んでいるようだ。そしてどうやら地元では、ときどき自治体がらみのイベントなどに呼ばれてなにやら講演をしているらしい。
 今回見つけたのは、あるところで母親が話した講演の記録だった。
 
 まあ少なからずの苦労人だったということは、知っていた。子供の頃に交わした会話の断片からも伺い知ることはできた。だけど時代が時代だったし、そんな境遇はうちだけではないだろうと思っていた。
 
 講演では、母親の子供時代や私たちきょうだいが幼かった頃のはなしなどが語られていた。私が産まれる以前の話は、はじめて聞くものばかりだった。そのなかに、祖母(母親のお母さん)が常に毅然とした態度で周囲の荒波から子供たちを守ってきたというエピソードがあった。それと、周囲の大人たちがみな優しかったことも。
 私が知っている祖母は、いつも連絡も無く突然うちにやって来ては数日から数週間泊まっていく。かならず背中に大量のお土産が入ったつづらを背負ってくる。あまり多くはしゃべらず、ぽつりと哲学的なことを言うようなおっとりしたひとだった(ちなみに私は両親には似ておらず、父方の祖父似である)。だけど母親にとってはとても頼りになる親だったようだ。どうやら私のじいちゃんは、母親が生まれて数日後に亡くなったらしい。
 
 語られたエピソードの中には私が小さい頃の話もあった。そのころ我が家は引っ越しをした。転入先の幼稚園の庭に私と母親が一緒にいたとき、私と子供たちとで諍いがあった。母親は引っ越し先でのそういったことをいちばん懸念していたようだ。
 「案の定からかわれたけれど、子供たちがまだ幼く、相手に何を言われているかも分からず言い返していたことが救いでした」と書いてあった。
 本当のことを言えば、私は言われた意味をちゃんと理解していた。今でもその場面をはっきり覚えている。どの子に言われたのかも、その子の名前もフルネームで言える。中学、高校の同級生の名前ですらほとんど思い出せないというのに。
 傷ついた、というわけではない。ムカついたという気持ちがいちばん近いのかな。 たしかに私は、子供のときからなにか言われたら言い返すような気の強い性格だったから。今は言葉を飲み込むことができるようにはなった。と思う。たぶん。
 
 子供というのは大人が思っているよりもうんと賢い。幼稚園児だって、周りがどういうつもりで言っているのかちゃんと分かっている。
 大人たちがうわさ話をしていて「子供が聞いてるよ」と私の横で言っていたときがあった。「まだ、意味なんて分かってないよ」と笑っていたけれど、私はぜんぶ理解していた。そしてそのことを大人たちに言わなかった。
 どんなに小さな子供でも、時雨みたいなどうぶつだとしても、嫌な気持ちがこもった言葉はあんがい理解できる。だから時雨に対しては言葉遣いも普段から気をつけている。たぶん理解しているだろうと思うから。それは、言葉の意味を理解しているのではなく、人間がしゃべるときの感情のゆらぎを声のトーンで量るから。

 とにかく、親孝行したい時には親はなし、なんてことにならないようにね。
 あなたも私も。

 
 
 
 
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2008.05.12 23:47 | どこにも属さないお話 | トラックバック(-) | コメント(-) |
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