うしろすがたのしぐれてゆくか

愛するフレンチブルドッグと昨日と今日と明日と旅と。

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大切な家族が増えると、死に対する恐怖や不安をあらためて感じるようになったり
あるいはわざと考えないようにしてしまいがちだ。
そんな時、バリのお葬式を考えると少しだけ楽になる。
私も以前、ウブドで一度だけとても大きなお葬式を見た。
それは数十人単位の合同葬だった。
周囲のバリ人は、前々から
「○日にお葬式があるよ!」
「埋めておいた遺体をお墓から掘り起こすから見に行く?」
などと、結構楽しそうに言っていたものだ。
私は、さすがに掘り起こし見学は遠慮しておいた。

当日、服装こそ黒衣だが、みんな表情は晴れやかで
子供たちは笑顔で道の端に寄って待っている。

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そしてしばらく後、遺体が入れられた神輿(レンブー)が続々とやって来た。

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曲がり角に来ると神輿をぐるぐる回してホースで水をかけている。
私たちもそのあとをを追いかけて走った。

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背中にまたがっているのは亡くなった人の家族だろうか。

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着いた場所はプラダラム(死を祀る寺)。
純白の布にくるまれた遺体は、牛などをかたどったはりぼてに移されて
聖水がかけられ、祈りが捧げられる。
そして最後は一斉に火が放たれた。
じっと見ていると、黒焦げになった上半身の人型がくっきり見えた。
横にいた友達は
「あんまり怖くないね」と言っていたが、そのとおり
不思議とマイナスのイメージがまったく無い。
目の前で人が燃やされているというのに。

その後、棒でつついたりしてある程度すると
はりぼてごと谷底にどんどん突き落としていく。

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日本人の感覚ではあまり考えられないことだが
バリでは、肉体から精神が抜けてしまったら、そこにあるのは
もうただの抜け殻であり「無」なのだ。

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バリの友人が以前こんな話をしていた。
彼の友人がバイク同士の衝突事故を起し、相手のまだ若い看護士の女の子を
死なせてしまい、友人は交通刑務所に入った。
私たちが「それじゃあ、一生お金を払い続けなければならないね」と言うと
お金はバイクの修理代と、数万円の保証だけだと言う。
相手の親はそれでいいの? と聞くと、そうだと答える。
それは、私からすれば到底納得できることではなく、バリ人の
諦めのよさ(?)にとても驚いた。

バリに限らず、マレーシアでも先頭で楽団がラッパを吹きながら、まるで
結婚式のように明るい、涙とは無縁のお葬式をやっているのを見たことがある。
大切な人が亡くなれば、本当は誰だって辛いはずなのに
わざと明るく送り出すことに意味があるのだろう。

私も時々、とても晴れた日に台所でじゃぶじゃぶ水を流しながら
洗濯をしている時なんかに、ふと、死んでしまった人のことを思い出したりする。
たいてい、その友人は
死因が何であれ、私にとっては楽しかったことばかり思い出すので
時雨がいつか死んでも、楽しいことをたくさん思い出せるように
毎日目一杯遊んでやろうと思う。

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