うしろすがたのしぐれてゆくか

愛するフレンチブルドッグと昨日と今日と明日と旅と。

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 しばらく前から週末は雨降りが多い。
 うちの近所は大きな道路が通っていて空気が悪いから、かえって雨が降ったときにこそ窓を開ける。汚いものはすべて地面を流れていってるような気がするから。
 だけど、ああ、やっと雨が上がった。P1020756.jpg
 雨上がりに時雨の散歩をするときは、いつも以上に足の裏の汚れを念入りに落とす。たいていお腹から足から真っ黒な泥みたいなものが付いている。泥に見えて泥じゃないかんじ。なんかヤバい。そんな気にさせられる黒いやつ。黒いからイヤなのか。だけど青かったらもっとイヤだろうな。
 自然がいっぱいある都会に住みたい。なんていう矛盾。だけど本当は、都心や山の手の方が緑が多いんだよね。
 
 このあたりはコンクリートばかり。夏にはヒートアイランド現象とやらで気温がかなり高くなる。うちの目の前に新しい公園ができたっていうのに、ほとんど植林がされなかった。期待していたのに。
 あるときベンチに座ってぼーっとしていたら「最近は見晴らしを良くしとかないと、危ないからねえ」。
 おばさんたちがそう口々に話しているのが聞こえた。うっそうと木々が茂った公園よりも、すべてを見通せる風通しのよい環境。あらゆる事物に開かれた世界。分からなくはない。だけど、それでも私はちょっとした秘密とか猥雑さも子供には必要だと思うよ。だってどこにも隠れる場所がないじゃん。身体じゃなくて気持ちの隠れ処みたいなものが。
 あんがい子供にとって自然というのは大切で、それは遊び場としての機能だけではない。例えば、学校でなにか嫌なことがあっても山とか川とか海とかでぼーっとしているとすっきりするものだ。
 ある人は、子供の頃友達がいなかったけどぜんぜん寂しくなかったと言っていた。いつも周りに自然があったからだという。本当のことを言うと、あまりに大きな自然は怖いんだけど、その怖さが大切なのかもとも思う。
 
 そして、自然といえば妖精。妖精といえば15歳。15歳といえばベンジー。
 最近読んだブログで「私たちの間ではベンジーは一種の妖精ってことになってる」という記述を発見した。これには納得。そっか、ベンジーは妖精の一種、あ、一種の妖精だったのか。
 子供たちよ、40歳を過ぎても妖精の話ができるオトナになってください。
 私もよく妖精の話をするよ。というのは嘘で、ああいう詩を書けるベンジーはいったい普段なにを食べているのかとか、そういうことについてよく話すんだけどね。
 DSCN0346.jpg
DSCN0349.jpg
 ところで。
 バリは雨が多い土地だから、みんなさぞかし雨には慣れているのかと思いきや
ほとんどのひとが、雨季の話題を振ると嫌な顔をする。
 だけど私から見れば、こんなに緑が深いところに降る明るい雨はあんまり苦じゃない。やっぱり大切なのはミドリなのかな。

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