うしろすがたのしぐれてゆくか

愛するフレンチブルドッグと昨日と今日と明日と旅と。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
 うちの近所の図書館は使い勝手が悪い。フロア面積はけっこう広いのに棚数は少ないし、棚の中味はかなりスカスカ。文庫本に至ってはほとんど置いてない。これから増やすつもりでスペースを空けているのかと思っていたけれど、リニューアルオープンから随分たった割に、やっぱり蔵書は増えていない。
 
 それでも土日ともなれば小中学生でごったがえす。平日は机とイスが満席になっていることが多い。よく見ると、机を前にしているひとたちはちゃんと本を読んでなにやら自習か調べものをしているみたいだけれど、イスのみの場所に腰掛けているほとんどのひとたちはいつも眠っている。身体がイカみたいにぐにゃりと曲がって、足があっちいったりこっち向いたりしているサラリーマンまでいる。こんなとこでサボってちゃダメじゃん。
 
 図書館についての愚痴をちびちび書いてはみたけれど、実は私はほとんど図書館を利用することはない。どちらかと言えば、「図書館で働きたい」と思ったことなら何度もある。実際働いたこともあって、それはなかなか幸せな時間だった。
 門外不出の蔵書ばかりが置いてある、地下5階の光もまったく届かない場所で、ほとんど朽ちかけたような古い文献の背表紙を見て、あるいはパラパラめくって、必要事項を用紙に書き写すのがその仕事だった。
 幽霊が出て来そうな地下室。誰かが住んでいたら面白いだろうなと思いながら、もくもくと仕事をこなしていた。常に10人以上が同じフロアで働いていたにもかかわらず、仕事中は疑問点が無ければ誰とも会話をしないので、ときどき恐ろしいほど無音の世界になった。凪のような静寂。もしかしてみんなどこかへ行っちゃったのかな、と焦ってしまうほど静かで、時には意識を失っていた。気が付くと筆が止まっている。他の人たちもよく眠くなると言っていた。
 
 
 数年前に京都を旅行したとき、あるお寺で真の暗闇というものを体験した。あれはたぶん、胎内回帰をモチーフにしているのだと思うが、縄を壁伝いにしっかりたどって薄暗がりを進んでいくと果ては闇に包まれる仕組みだ。しっかり目を開けても自分の手も何も見えない闇。だけど実は色とりどりの闇という感じがした。本当の真っ暗闇というのはただの墨のような黒色ではなくて、数えきれないほどたくさんの色が重なり合った深い闇の色だった。紫がかっていたかもしれないし、深紅の闇だったかもしれない。
 それはとても心地よい体験で、同時にちょっとした恐怖を味わえる。いま自分はお寺にいて、この囲われた安全な部屋の中にいるということが分かった上での暗闇。そこで味わうほんの少しの恐怖感は、実のところ幸福感とつながっていたのだ。
 本当は1時間ぐらいいたかったけど、次のひとたちがやってきてしまった。
 ああ、またあそこに行きたい。あの暗闇を体験したい。
 
 
スポンサーサイト
2008.07.18 23:50 | 本とか作家とか仕事とか | トラックバック(0) | コメント(-) |

トラックバックURL↓
http://heyoka.blog68.fc2.com/tb.php/359-fc1d6efe

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。