うしろすがたのしぐれてゆくか

愛するフレンチブルドッグと昨日と今日と明日と旅と。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
P1030318.jpg
「どうしてこうなんだろう、母と娘って」って思ったことないですか。
 たとえば久方ぶりに会って、長く過ごすうちに必ずといっていいほど口論になる、とか。
 私が「ムスメちゃん」だった時代を過ぎた頃から、母親と話をすると、あとで密かに反省することが多くなった。軽く自己嫌悪というか。
 本当の「ムスメちゃん」時代は、親に向かってバカにした口調でものを言ってもなんにも感じなかった。けれど今では、ふと気付くと上から目線で物を言っている自分を感じとって、「なんかやだな、私って」と思うことがある。他人に対しては、決してそんなふうに話すことはないのに。
 ホームヘルパーの研修に行ったときもそうだ。子どもに話しかけるような口調だったり、ひどいあしらい方をしている介護士を見ては、「絶対ああならないようにしよう」と思っていた。なのにいつのまにか自分が「なにやってんの」、「そんなんじゃダメだよ」なんて、母親に向かってしゃべっている。
 本当にダメなのはどっちだよって話。

 なりたくなかったはずの姿そのままに、自分がなっている。これに気付いたときは愕然とした。そして、あとで反省してはこまごまとした物を送ったりなんかしている。どうも最近、こんなことの繰り返しみたいだ。
 これって私だけかと思ったら、どうやらそうでもないらしい。ユリイカに書いてあったんだけど、娘というのは、母親に貢ぎ続けるものだという。あと、逆に母が重くて仕方がないというタイプの娘も多いとか。
 たぶん、母と娘というのは近親憎悪なのだ。自分のイヤな部分を相手のしぐさや言動に見つけてしまうとイライラする。だからケンカになる。どこかに同じものを持っているから衝突する。
 
 母と息子ってのはこれまたぜんぜん違う。以前、福田和子に関する本に書いてあった。彼女には息子がいたんだけど、逃げ続けているあいだもずっと慕われていて、途中いっしょに暮らした時期もあったという。これが娘だったらこうはならない気がする。きっと、憎んだり恨んだりするだろう。岩井志摩子のムスメちゃんも、かなり距離をおいているみたいだし。
 
 私ももう少しやさしくなれたらいいんだろうけど、なかなかね。
 ま、そうやってバトルし続けているかぎりは母親も元気な証拠ってことで、いいのかもしれない。
 
 ところで、ムスメとチチはどうなのよ?P1030319.jpg

スポンサーサイト
2009.05.27 23:58 | どこにも属さないお話 | トラックバック(-) | コメント(-) |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。