うしろすがたのしぐれてゆくか

愛するフレンチブルドッグと昨日と今日と明日と旅と。

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 ニューヨークで暮らしている友だちから電話がかかってきて、久しぶりにバカ話で盛り上がった。
 何をしゃべったかほとんど覚えていないくらい中身の無い話ばかり。そういえば彼女とはいつもそうだ。以前、私たちがバリにいる時にわざわざ日本から遊びに来てくれて……。あのときは確か、泉ピン子の話をしたような気がする。
 
 今回のバカ話の中で覚えていることといえば、「ニューヨークにはとてもダサイ人がたくさんいてイヤだ」ということ。そのファッションのディテールを細かく話してくれたのだけれど、(そしてその内容をまったくといっていいほど覚えていないのだけれど)、その『ダサイのがイヤ』というところに妙に共感を覚えた。
 私も『ダサいことにがまんできない』ひとりだからだ。とりあえず、自分がダサイかダサくないかは、この際100メートルくらい棚の上に置いておいてほしい。
 
 そしてもうひとり、同じことを言っていた人を思い出した。私が10年くらい前によく読んでいた雑誌に、ときどき原稿を書いていたライター(男性)の奥さんだ。
 あるとき彼の文庫本が出ているのを見つけ、買って読んだ。そこに奥さんの話が書いてあった。書いてあったというよりも、奥さんの話でかなりのページ数を割いてある。なぜなら奥さんは自殺してしまい、本のタイトルが「自殺されちゃった僕」というのだから(彼の友人二人も自殺している)。
 
 奥さんはその人生の最後のほうで、某雑誌の編集をフリー契約でやっていたという。そしてその仕事が「彼女を追い詰める原因になった」らしい。雑誌が「とにかく『ダサイ』というのだ」と書いてある。
「ダサイのが我慢できない」と。
 
 この「自殺されちゃった僕」について、とにかく度肝を抜かれた部分がある。精神科医の春日武彦氏が書いているあとがきだ。
「あとがき」というのはふつう、いかにその本を買わせるか、ネタバレしないように軽く内容を孕ませつつも、たいていが褒めに始まり褒めに終わるものだろう。ところが、春日さんの文章がハンパ無い。容赦ないというべきか。正直言ってこきおろしまくっている。筆者も彼を取り巻く友だちも、すべてをほぼ全否定。本書は『ぬるい』し、『正直なところ、金を取って他人に読ませる水準の文章なのだろうか』とある。 けれど、『ろくでもない本を作りジャンキーになりかけているボンクラであるが、優しい。善意があり、誠意がある』なんて書いてもいる。
 
 私はこのあとがきを読んで、すこしだけひやっとした。
 彼らが読んできた本を私も読んだし、生まれた年も近い。もしかしたら共通の知り合いだっているかもしれない。そして私も20歳そこそこまでは似たような感受性を持っていたと思う。だからこそ、痛いところを突かれた感があったのだ。
 だけど私はまだこの世界を生きているし、だからこそあの時代の自分とそれをとりまく世界を懐かしむことができる。そんな私は春日さんに言わせれば「凡俗」ということなのだろう。そして凡俗こそが、なんとか日々をやり過ごせる鍵なのだ。
 

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2010.02.21 21:12 | どこにも属さないお話 | トラックバック(-) | コメント(-) |
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