うしろすがたのしぐれてゆくか

愛するフレンチブルドッグと昨日と今日と明日と旅と。

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 数ヶ月前に、『大きないちょうの木の下で~いちょう団地に生きる子どもたち~』というNHKの番組を観たことをふと、思い出す。
 
 舞台は横浜にある「いちょう団地」。
 ここで暮らす子供たちが通う「いちょう小学校」では、児童の約半数が外国籍だという。
 ベトナムにルーツを持つその少年は、弁論大会のために作文を書いてクラスのみんなの前で読んでいた。
「ぼくはこの先もずっと日本で暮らしていきたいです」
 なぜなら、
「日本には夢や希望がいっぱいあるからです」
 
 そっか。日本って、そんなにいい国だったんだ。
 
 いつだったか、近所の書店でファッション誌を立ち読みしていると、すぐ横に小学校高学年くらいの女の子が数人やってきた。彼女たちのうちひとりが、「○○ちゃんがコレに出てるんだよ」と言いながらある雑誌をとりあげ、「あった」と他の子たちの目の前にページを広げた。
「あんまりかわいくないじゃん」と別のひとりが言い、そのまた別の子が「△△ちゃんだって読者モデルできるよ。カワイイし、スタイルいいし」と言った。
 この年頃の女の子たちにとっては、かわいくて、やせていて、周りの同級生たちよりもオシャレであることがすべてなのだろう。
 だけど彼女たちは、この先の日本に夢や希望がいっぱいあると思っているのだろうか。ましてや自分たちの未来に。
 
 どちらかといえば私は、悲観的に物事を見る性格だと思う。いつからだろう。たぶん昔から。
「スレ」てしまったのかなあ、と人に尋ねたら、「違うよ。慣れてしまったんだよ」と言われた。

 その世界がどんなところなのかは見方によってぜんぜん違う。
 同じ世界がまるで別の美しいものみたいに見える人たちを私は何人も知っている。「慣れて」しまうことがいいのか悪いのか、必要か必要でないのかはわからない。けれど、夢や希望を子どもたちがまだ持っているとしたら、それでもこの国はそんなに悪いところじゃないのかもしれない。
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2010.06.01 15:24 | どこにも属さないお話 | トラックバック(-) | コメント(-) |
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