うしろすがたのしぐれてゆくか

愛するフレンチブルドッグと昨日と今日と明日と旅と。

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 そういえば、20代の前半まではあまり小説を読む習慣がなかった。バイトを夕方から早朝まで掛け持ちでやって、ヘトヘトになるほど働いても、どういうわけかつねにお金がない生活。
「テレビがあれば完璧なのにね~」そう友だちに言われた、6畳一間の風呂なしキッチン付き木造アパートの1F。高円寺に住んでいたから、近所には古本屋がたくさんあった。部屋にいるときはたいていラジオをつけながら、古本屋で物色したノンフィクションものばかり読んでいた。
 
 それが、いつの頃からだろう。物語も好んで読むようになった。ある時期以降の私は、きっとなんらかの物語を必要としているのだと思う。
 たぶん私は、20歳くらいまでは、本当の意味で人の気持ちを忖度したり寄り添ったりということがあまりうまくできていなかったと思う。アルバイト先のおばちゃんなんかには「おべんちゃらが言えない、お人好しだからね」なんて言われていたけれど、単に「他人に冷たくできない」とか「その場の空気に左右される」というだけの話であって。実際あの頃はそれほど他人に興味がないというか。自分にもとくに興味がなかったし。やる気がない。覇気がない。ダルそう。これもよく言われたこと。
 
 子どもすぎて。余裕がなくて。自分以外の人たちにも物語があって、みんながそれぞれの物語を生きている、ということがわかっていなかった。
 けれども、自分が物語を必要とするようになってからは、他人の物語にも敏感になったような気がする。
 
 ちなみに、いま読んでいる本は「小さいおうち/中島京子」。
 祝! 直木賞受賞!!
 実はそれ以前に買っちゃったんだよね。現在は帯が『受賞作品!』と、すげかえられているはず。はたして、どっちが貴重なんだろう。
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2010.07.24 20:31 | 本とか作家とか仕事とか | トラックバック(-) | コメント(-) |
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